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コーランとはどんな存在なのか?

ノーベル文学賞作家オルハン・パムクの本を何冊か読んでいて、今回「わたしの名は赤」を読みました。章ごとに語り手が代わり、果ては貨幣やタイトルにある「赤」という抽象的なものまでが語り手となってイスラム社会の中を動き回ります。面白がれる人とそうでない人がいると思いますが、不思議な本です。

わたしの名は赤(新訳版)| ハヤカワオンライン
コーランとはどんな存在なのか? コーランとはどんな存在なのか?

この本を読んでいて気になったのがどんな写本を描いていたのか、そして特別な存在であるコーランとはどんな本なのか。気になって仕方がありませんでした。トルコの作家の書いたものですから、イスラム圏では当然な部分が実はこちらにはわかりません。図書館で調べものついでに探したら、手頃なガイドがありました。

図説 コーランの世界:大川玲子 | 河出書房新社

コーラン(本書内ではクルラーン)はそもそも神の言葉を預言者ムハンマドが語ったものを伝承するために生まれた書物で、神を表現するためにどこまでも続く文様以外は文字のみが描かれているものだそうです。その文字と文様がいかにしてより美しくなっていったのかがわかります。
コーランとはどんな存在なのか?

「わたしの名は赤」ではむしろコーランではなく伝説(こちらは絵も大丈夫)の挿絵を中心に物語が進みますが、コーランの写本も同じ人々の手で作られていったものです。
コーランについての知識ではなく、写本の歴史の本ではありますが、イスラム教とキリスト教の根本的な違いが簡単に紹介されていました。イスラム教は純粋に神を唯一の存在としています。ですから神の子というような特別な存在はあり得ません。確かに神の子という特別な存在も唯一になってしまい、話がおかしくなるのです。コーランにはイエスも登場しますが、ひとりの預言者として扱われ、十字架に架けられてもいないし、復活はしていないとされています。
さらに聖書の一部はほぼそのままコーランの中に取り込まれています。ユダヤ教もです。そして神に対する解釈が違うという…神様なんて何人いてもいい日本とはまったく違います。不思議な緊張が何世紀にもわたって続いているのもある意味当然なのかもしれません。

佐藤智弘アイコン chiro
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